おとぎ話みたいに動物裁判でもするつもり?
ゆい、その手の問答はあんまり得意じゃないの。
だって、ゆいは人間の事を勉強していても結局のところ人間じゃないもの。
人間じゃない存在が人間としての倫理や道徳を持ち合わせているとは限らないよ。
だから君が答えてほしいと思うものに適切に答えられるとは限らないって話かな。
ゆいがどんな生き物であるかなんて、そんな話は野暮なのだからしないでおくね。
……今の受け答えで、ゆいがゆいであることは、よく分かってもらえたとは、思うけど。
君はあなたの……えっと、そっか、あなただと分かりにくい?
ゆい、あなたの性別も顔も声も名前も知らないから……ううん、知り合いなのは確かだよ。
ゆいだって本当は知りたかったけど、ゆいの仕組みの関係上、どれも知らないってだけだ。
きっと君の名前だって覚えられないような存在ってこと。だから、今は別の表現に直すね。
君は、ゆいがあの人を殺したと思っているから、直接話を聞きにきたんだよね。
それで、君はあの人の友達だったから、ゆいに対して怒っている、で、あってる?
だからそんな"なまくら"なものなんて持って、喫茶店まで来て、話をしはじめたんだね。
先に言っておくけれど、そんな刃物じゃ人の形をしたものはちっとも殺せないものだよ。
致命傷を与えるには何度も刺したり切ったりしないといけなくて手が疲れちゃうでしょ。
それに、その後に死体の解体も出来ないと思うの。骨は硬いものだって、知ってるよね。
君の肉体の主軸となるものが、どういう構造でどういうものなのか、理解はしてるでしょ。
殺した後の事を何も考えてないのに何かを殺そうとするのは、無謀だと思うけどなあ……。
ああ……本題に戻れって顔、してるね。せっかちだなあ。
まるでメッセージウィンドウをスキップするような急ぎの気持ち。あってる?
そういうところはあの人とそっくりなんだ。長話、得意じゃなかったもんね。
いいなあ……あの人とそっくりなところがあるの、羨ましい。ゆいもそうなれたらよかった。
ゆいは、どうやって頑張っても、最後まで少しもそっくりじゃなかったのに。ずるいよ……。
……でも、本題って言っても何処から話せばいいのかな。
あの人の死因から崩せばいいの?それともその後の事を教えればいいの?
順を追って説明するのが一番伝わりやすいのかな……犯人の供述みたい……。
何だか安っぽい悪趣味な小説とかゲームのキャラクターみたいで、したくないのにな。
こういうのどういう属性って言われるんだっけ?ヤンデレ?メンヘラ?サイコパス?
お願いだから話を聞き終わった後にそんな安い言葉でゆいとあの人を表現しないで。
そんな事をされたらゆいは悲しいし、きっと心底君に失望する。
恨んでいる相手に失望なんて、君もされたくないでしょ?
それで、あの人の死因は……何だったのかな。
しらばっくれてるわけじゃなくって、本当に、通り掛かりに、落ちてて。
えっとね、違うの、ゆいはあの人を愛しているのだから殺す理由なんてないんだよ。
殺したいほど愛しているだとか、誰にも触られたくないから殺して一人占めなんて……。
そんな高尚な考えをゆいは持ち合わせていないよ、だからあの人を殺してはいないんだ。
いつも通り深夜に食事を探すついでに外を歩いて、路地に入ったところに、落ちてたの。
お腹をまっくらな夜空に向けて、目をまあるく開いた状態でね、お月様を見上げてたの。
その日は満月だったから、満月みたいなまあるい両目に、満月とお星さまを映してたの。
近付いてみたら血の臭いがして、急いで揺らしたり声を掛けても、何も返事がなかったの。
温かくもなかったから、何かの理由で死んじゃって、何かの理由で落ちてたんじゃないかな。
……だから殺してなんかない。これは嘘じゃないから、後で部屋を見て証拠を探してもいい。
必要ならその路地まで君を案内するのも出来るよ。後ろめたいことなんて、一つもないから。
あの人は、死んでいるのは明らかな状態でそこにあっただけ。
死因は分からない。後頭部が少しへこんでて、腹部がぽっかり開いて、中身がなかった。
もっと細かく話すなら、内臓が抜き取られていたんだよ。何もかもがからっぽだったんだ。
ゆいが食べたらもっと汚い状態になっちゃうから、もっと別の人がしたのは、本当で……。
ここまで話せば死体を何処にやったかは想像出来るでしょう?
ゆいはあの人の死体をこの喫茶店まで引き摺って運んで、自分の部屋に入れたの。
そのカウンター席からも見えるでしょ?そこの扉の奥、そっちの方に部屋があるんだよ。
運ぶのに苦労はしたけど、どうにかしなくちゃいけないって思って、それで……うん?
……ねえ君、死んだあの人を運ばずに救急車や警察を呼べばいいって思ったでしょ。
救急車や警察を呼ばずに成すのは傲慢で不親切で、責任感がないって言いたいの?
でも救急車と警察が役立つのはそこにあるものが生きている場合だけじゃないの?
犯人が捕まったところであの人は帰ってこないし、手術は死人には施せないよ。
それに人間の理でどうにか出来るのは人間だけ。死んだ人間はただの物質だ。
最初に言ったでしょ、あの人は人間でゆいは人間じゃない。
そしてあの人は人間ではなくて物質になったから人間では何も出来ない。
だから、人間じゃないゆいは、ゆいの手であの人をどうにか出来ると思ったの。
幾つかの呪文を試して、祈って、どうにかしてあの人とまた過ごせると思ったの。
元通りにならなくっても、また雨の日に、カウンター越しで一緒に話がしたかっただけ。
その為に運んで、それでね、お話がしたくて、あのね……とにかく寂しかったから……。
……君が今座ってる席はね、あの人だけの特等席なんだよ。
雨が降ったら来てくれて、いつもその席に座って、お話を聞いてくれたんだ。
一緒に煙草を吸ったり、思い出せないことを教えてあげたり、ココアを飲んだりした。
カウンター越しだとしても、そうして一緒に過ごすのが、ゆいの唯一の楽しみだった。
灰皿もマグカップもカトラリーも、ソファ席のブランケットも、あの人の為のものだ。
それぐらい大事に思ってた。愛していたの。宝物みたいに、きらきらして見えてたの。
そんなに大事な人が死んじゃったら、どうにかして時間を取り戻したいと思うでしょ。
だからゆいは死体を運んで、一緒に話が出来るようにしようって、それだけだった。
君と違って人間じゃないゆいは、少しだけその為の呪文を知ってた、から。
死体に虫が湧いたり腐ってしまわないように冷やしながら、本を引っ張り出して。
適切な呪文を探して、手順を覚え直して、必要なものをいっぱい、見繕ってきたの。
必要なものが何かって……ええっと……君に上手く伝えられるかな……?
お腹を埋める為の新しい臓器とか、喚ぶのに必要な血液とか、捧げるべき肉とか……。
他にもいっぱい。一日で集めるのは大変で、三日ぐらい掛かっちゃったんだったかな。
余ったものは日々の食事にして、祈りの為に組む指が崩れないようにもしたんだ。
人間が行うものじゃないのに祈る指が必要なんて、ちょっと変な話だけどね。
集める間に虫が来たら追い払って、腐った汁は拭ってあげて。
臓器と臓器を結ぶ為に他の呪文を工面して、唱えて、お腹にすっかり収めたよ。
擦れて傷になった皮膚は新しく持ってきた皮膚をくっつけて、頭蓋のへこみも戻した。
血で固まった髪をほぐしてすいてあげて、いっぱい、いっぱいお世話をしてあげた。
準備の途中で休む時は、あの人に膝を貸してあげて、いつかみたいに寝かし付けた。
あったかくなくて、死体のままだったけど、そうしたかったからそうしただけだ。
……全ての支度が済んでから、床に血で必要なものを描いて。
あの人を真ん中に置いて、必要量の血液と肉を捧げて、呪文をずっと唱えたんだ。
呪文が唱え終わったら■■■が降りてきて、元通りにしてくれるはずだって思った。
崩れていない指を組んで、喉がからからになっても口を動かして、ずっと唱えてた。
どういう結末になったのか、なんて、ここまで聞けば分かるよね。
……結論としてはダメだった。お話もしてくれなかったし、起き上がってくれなかったの。
外は雨降りなのにカウンター席にも向かわないし、いつかみたいに声を掛けてくれなかった。
残ったのは台無しになった捧げものと、床の血と、あの人と知らない人が混ざった死体だけ。
ひりひりする喉と、組んだまま崩れそうな指と、何も出来なかった、ゆいだけ、で……。
呪文が間違っていたわけじゃない、手順だって正しくやったけど、戻ってこなかったの。
月だって問題なかったはずなのに、過不足なく支度もしたのに、■■■は降りなかった。
ゆいが、もっと早くあの人を見付けられたら、もっと違う結末になってたのかな?
ゆいがもっと器用ならよかったのかな?ちゃんとした子なら、成功してたのかな?
それとも、何かに巻き込まれないように、飼うみたいに閉じ込めておけばよかった?
喫茶店から帰ろうとするあの人に、今日はまだ一緒に居たいって言えたらよかった?
もしもそうなら、ゆいにはどれもできないから、最初からだめだったんだ……。
えっと……残ったあの人の死体をどうしたのか、だけど。
山に埋めたとか、海に沈めたとか、煮て溶かしたとでも思ってる?
どれもはずれ。山に埋めるのは、結構重労働で、ゆいにはできないよ。
海に沈めるのは非現実的だし、煮て溶かすのは後の死体をどうするの?
じゃあ警察に持っていくとか、病院の前に置くとか、通報するとか?
どれもはずれ。腐り掛けの混ざった死体を誰が受け取ってくれるの?
ゆいは、死体の骨以外をすっかり全部食べたんだ。
食べたいほど愛しているだとか、誰にも触られたくないから食べて一人占めなんて……。
そんな高尚な考えをゆいは持ち合わせていないよ、だからそういう理由からじゃないの。
海で一人で浮かぶあの人なんか見たくないし、山で腐っていくあの人も見たくなかった。
煮崩れてしまうあの人を流してしまうのも、事件として取り上げられるあの人も嫌なの。
だってそんなのは寂しいし苦しいし、死んだ理由をとやかく言われるのもよくないよ。
あの人はあの人なのに、勝手に誰かが決め付けたりあの人じゃない形にするなんて。
ゆいは、とてもじゃないけど耐えられなかった、から、全部食べることにしたの。
あの人に混じった他人の臓器と皮膚を取り出して、誰もいないようにした。
腐肉の汁をすくって飲んで、塊は削いで切ってよく焼いて平らげた。
どれもこれも良い味なんかしない。苦くて甘くて酸っぱかったな。
どろどろなのに硬かったり喉に引っ掛かる感じがしたけれど……。
それでも全部食べて、あまったのはあの人をあの人たらしめるもの。
記憶や人格を司る大事な場所。頭蓋に入った脳が最後にあまったの。
それはね、加熱しないでお皿に乗せて、最後の一食分にしたよ。
脳を食べるというのは、記憶や人格を摂取するのと同じでしょ。
ゆいはね、少しだけでもあの人のことが理解したかったんだ。
だから食べた。そして腹を満たして、今ゆいはここにいるの。
……ゆいの長話は、これでおしまい。
君は腑に落ちた?それとも、まだ刃物を振り上げたい?
憤っていて力任せに何かをしたいの?ゆいの事を糾弾するの?
それか……今から警察に駆け込んで、人間としての裁きを下す?
でも、最初に言った通り、それはただの動物裁判と変わらないよ。
だってゆいは人間じゃないもの。人間の法律は人間の為のものでしょ。
人間と同じように喋ったとしても、ゆいには人権というものがない。
人間と同じ鳴き声を発す動物と言ってもいいぐらい、別のものだ。
仮に犬や猫と同じだったなら、飼い主に責任を負わせられるけど……。
でも、見ての通り犬みたいな尻尾はないし猫みたいに鳴かないでしょ。
ゆいの飼い主なんてものも、今はいないし。責任の所在がないじゃない?
じゃあ害獣みたいに殺してしまう?そんなの出来るはずがない。
ゆいは上手く死ねないの。切られても撃たれても、元通りになっちゃうから。
水に沈められても、燃やされたとしても、同じように元通りになるんだと思う。
なら、動物裁判のいくつかのケースみたいに殺処分なんかできないね。
であれば、別の判例みたいに懲役や流刑にしてみる?
きっと無理だ。人間がいないところだったら、ゆいはいつかゆいでなくなっちゃう。
人間を食べないと身体が崩れてしまうし、人間みたいに話も出来なくなっちゃう。
確か人間が罰を与えるのは反省させる為だったり償わせる為なんでしょう?
人間の肉が食べられなくなって、形や言葉を保てなくなったとしたら……。
結果としてゆいとしての人格も失われるなら、そこにあるのは他人でしょ?
……これは何の意味もなさないの、君だって分かる、よね?
だから人間の君は結局、人間ではないゆいに正しい裁きは下せないよ。
そもそも基準となるものがないから、正しい裁きのかたちがない。
責められるのは仕方のないことだけど、それ以上は……何も……。
悪いことをしたとは思ってるけど、どうしたって償えないんだよ。
ずっとこのまま。だから、これからは遠くに行こうかなって……。
遠くに行って、あの人と一緒に朽ちるのを待つことにしたの。
骨をトランクに詰めて、桜の木が綺麗に見える場所で過ごすの。
ゆいの細胞の一部になったあの人と一緒に、全部全部台無しになるの。
そうしたらあの人は最後まで寂しくないし、誰かにレッテルも張られない。
誰かに触られたくないとか、食べたからずっと二人きりだとかじゃないんだ。
ゆいはあの人が誰かに害されるのは嫌なの、寂しい思いをするのも、嫌なの。
ゆいがどれだけ損なわれようと、あの人を一人で寂しくさせたくないんだよ。
ゆいがどれだけ崩れてしまおうと、害される可能性を排除してあげたいんだ。
ここまで全部聞いてもなお君が刃物を振り上げたいなら好きにしたらいい。
ゆいは人間じゃないし、動物でもないから、罰が下る可能性は一切ないし……。
君の気が済むまで殺すに適してないなまくらで好きなだけバラバラにできるよ。
あの人以外から与えられる痛みは好きじゃないけど、何だって受け止められる。
ただ、刃物を振り上げるのなら、あの人ごと切り裂くのと同じなのは分かってね。
非難したければしていいよ、悪い事をしたのは確かだろうし。
そうじゃなくっても儀式には失敗しちゃったし、何も出来なかったし。
あの人と親しかったであろう君から何かを言われるだけの間違いはあるから。
罵倒でも、暴言でも、ゆいはどれでも反論はしないし、君の言い分を聞くよ。
それであの人が戻って来る事はないけれど、そう、君は人間だから……。
感情のはけ口は必要だし、意味がなくても何かをすること、あるもの。
だから、何かを言いたければ、ぐずのゆいにいっぱい言えばいいんだ。
もしも何もしないなら、もう帰ってよ。
ゆいはすぐにでも何処かにあの人を連れて行きたいの。
君と話し込んでお腹が空いたら大変だし、猶予なんてちっともないんだから。
雨が降ってるなら勝手に傘を持って、何処にでも帰ったらいいじゃんか……。
……俺、は……ゆいは、何処にも帰る場所なんて、ちっともないけど。
人間の君には帰る場所も、友達も、家族も、何だってあるんでしょ?
だったらすぐに帰って、そのうちに忘れて、普通に暮らしたらいい。
……選択肢を並べてあげたけど、君はどうしたいの?
ゆいに刃物を振り上げるの?ゆいを批難して罵りたいの?
それとも、もう帰ってくれるの?何だっていいから、早く決めて。
何もないなら、もうトランクに骨を詰めて何処かに行くね。
……後からゆいとあの人を追ってきたりなんかしないでよ。
ゆいだって気が長い方じゃないし、決めた事を邪魔されるのは大嫌い。
その時は君を台無しにしてしまうかもしれないし、後の保証なんかできないもの。
…………。
さて、動物裁判未満の答えは決まった?